将棋 なんじゃこりゃ用語⑦ 天王山

将棋 なんじゃこりゃ用語

天下分け目

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盤上の5五の地点

「なんじゃこりゃ用語」シリーズも、早いもので7回目。

今回は「天王山」をご説明いたします。

 

天王山」とは、将棋盤上での5五の地点を指し、

9×9マスで構成される将棋盤のちょうど真ん中の地点を、そう呼びます。

天王山の位置↓

 

天王山という山は実在していまして

(関西にお住いなら、当然知ってる方が多いですよね)、

現在の所在地は、京都府乙訓郡大山崎町になります。

かつては西側の山腹を摂津国(現在の大阪府)と

山城国(現在の京都府)の国境がよぎり、

南北朝時代や応仁の戦乱でも、

戦略上の要地として奪い合いの舞台となりまして、

お城(山城)も築かれていた要所中の要所でした。

なかでも、1582年に織田信長を討った明智光秀と、

その仇討ちを果たそうとする羽柴秀吉が戦った山崎の戦いでは、

この山を制した方が天下を取ることになるとして、

天下分け目の天王山」という言葉で表現され、

現在でもスポーツや勝負事などの重大な試合や局面の比喩に、

その名を残しております。

 

駒達が躍動する地点

 

将棋の話に戻しますと天王山である5五の地点は、

最も駒達が生き生きする地点でもあります。

角の利きが4隅に照射される地点であるのはもちろん、

前進することを宿命付けられた将棋の駒達が5五を拠点として、

ありとあらゆる方角へ前進することが可能となります。

…ですので、将棋というゲームを考える以上、

5五の地点を重要視することは必然ということになりますね。

 

「都」という別名

また5五の地点は駒達の要所という意味合いから、「都」と称することもあります。

今は「都」という用語はあまり使われていませんが、

都詰め」という言葉でかろうじて残っている感じです。

「都詰め」とは文字通り、

天王山の異名である都=5五の地点で玉が詰まされることを指し、

あまり例のない詰まされ方の一つとされています。

都詰めの例↓

想像するに、大抵が入玉に失敗した流れで都詰めにされることが多いと考えられますが、

へっぽこな私の棋力でさえも、未だ都詰めで討ち取られたことはありません(苦笑)

ちなみにプロの棋譜でも調べてみましたが、全く見当たりませんでしたね。

都詰めというのは、

かくも珍しい詰みの形だということだけ覚えてもらえばよいでしょう。

もちろんプロ棋士同士の将棋が、
詰みの形で終わることがないのはお分かりだと思いますので、
その一歩手前(必至等)の状況で調べても見つかりませんでした(汗)
どなたかご存じの方がいらっしゃいましたら、教えていただきたいです。

 

天王山の捉え方の変遷

天王山の捉え方は、一昔前と現在では全く違います。

昔はまさに「5五に歩を伸ばし、位を取る」ということは、

本当に天王山を取るぐらい大きな事だとされてきました。

だから昔の人は、相手に▲5六歩と突かれたら

自分も▽5四歩と突き、位を取られないようにしたぐらいのものでした。

要は中央に模様を張り、厚みを持って相手陣に迫るという指し方が好まれていたのです。

しかし現代のスピードを重視する将棋では、そういう認識は全く無くなっています。

現に相手が中飛車なのに、あえて「5筋の位を取らせる」ということも、

今は多く見られています。

…では現在では、天王山の重要性は薄まったのでしょうか?

 

実は現代将棋では、5五の地点に位を取る以上に

5五銀などとする局面が頻出するようになっていまして、

守らなければならないポイントとするよりは、

攻めの起点に必要な要衝と捉えられています。

つまりこの天王山を介して、銀を中心とする攻め駒を柔軟に使用していくという

機動戦中心の考えが色濃く出できています。

これには、昔みたいな「絶対的に固い玉」ではなく、

「相対的に玉が捕まらない」方が好まれる現代将棋において、

玉が逃げた方向に瞬時に向かえる5五の地点が、

よりいっそう重要視されるということに他なりません。

 

天王山である5五の地点の価値の意味合いが、

昔と今では全く違うことになってきてはいますが、

将棋というゲームの中でも重要な地点であることは変わりなく、

これからも天王山という言葉は使われていくことでしょう。

…ですので、この天王山という将棋用語を「味のある用語」として、

これからも皆様に使っていってもらうことを、密かに願っております。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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